| 阪神急行電鉄 |
ここでは、1918年(大正7年)2月4日〜1943年(昭和18年)9月30日間の「阪神急行電鉄」時代に発行された切符について述べます。当時の阪神急行電鉄では
宝塚線、箕面線、神戸線(梅田〜神戸・上筒井)、伊丹線、今津線、甲陽線、北野線が運行されていました。京都線とその支線は、
北大阪電気鉄道・新京阪鉄道(のちに京阪電気鉄道)により運行されており、阪神急行電鉄にとっては他社線扱いでした。よって、切符に
記載されている駅は、前者の神戸・宝塚線系統だけです。
阪神急行電鉄 十三・梅田高架橋 絵葉書 (無断転載禁止) (大 阪)電車交通の頻繁なる阪~急行高架線 The busy elevated line of Hanshin Kyuko Electric Car Company, Osaka. |
| 阪神急行電鉄 乗車券 |
![]()
|
|
|
昭和14年に神戸駅(現:三宮駅)で発行された6銭「神戸市内券」です。当時の神戸市内の駅は、Wikipediaで確認できた限りにおいてですが、 神戸・春日野道・西灘・上筒井・六甲と思われます。右書きで「通用発*賣當日限 途中下車前途無効(発は發のくずし字)」の記載と、 神戸、上筒井を四角でくくって反転させた駅名が縦書きで記載されています。地紋には、もみじとさくらで囲まれた阪神急行電鉄の社章が採用されています。大阪市と神戸市の市章を 組み合わせたもので、後に京阪神急行電鉄となる際の社章の基礎となっています。 |
|
![]()
|
|
|
昭和5年に梅田駅で発行された宝塚線用の1区4銭小児乗車券です。梅田駅の記載が切符では「大阪」となっています。 右書きで「通用発賣當日限 神戸線ニハ通用セズ 壱區券金四錢 途中下車前途無効」の記載があります。券面中央に社章と 「小兒」の字が右読みで書かれ、左上から右下にかけて赤い斜め線が描かれています。 「石橋」の「橋」の字は「槗」、「箕面」の「面」は「靣」です。 |
|
![]() |
梅田駅で発行された宝塚線用の小児乗車券を裏側から光を当てると、阪神急行電鉄の 社章が右上部と左下端に透かしとして浮き上がってきました。当時、切符の偽造防止のために透かしを入れていたようです。 |
![]()
|
|
|
昭和4年に神戸駅(旧:上筒井駅)で発行された1区乗車券です。右書きで、「壹區券 金拾錢 通用發賣當日限 所定乘継以外下車前途無効」 の記載があります。1区券を示す一本の赤いラインがジグザグに入っています。本券には透かしは入っていませんでした。 |
|
| 阪神急行電鉄 往復券 |
![]() |
石橋駅で発行された石橋・神戸間の6区1円7銭往復乗車券です(年代不明)。切り離し可能なミシン目があり、向かって右側が往路用、左側が復路用 となっています。往路側には縦書きで「所定乗継以外 下車前途無効 通用發*賣當日限(發の異字体)」と区数を示す「6」が、 復路側には右書きで「六區券(税共) 金壱圓七錢 所定乗継以外 下車前途無効」と縦書きで「通用發賣當日共二日間」の記載があります。 経由を示す「宝塚廻り」も記載されており、経路が固定されていたようです(現在は経由地が2つある場合、どちらでも可)。 「石橋」の「橋」の字は「槗」です。 |
![]() |
夙川駅で発行された2区38銭往復乗車券の復路券です(年代不明)。右書きで「貳區券 金叄拾八錢 所定乘継以外下車 往路又ハ復路前途無効」 の記載があります。 2区券を示す二本の赤いラインがジグザクに入っています。 |
| 阪神急行電鉄 他社連絡券 |
![]()
|
|
|
昭和12年に神戸駅(旧字体:~戸駅、現:三宮駅)で発行された「~戸より京阪京都ゆき」の1円19銭「阪~急行−京阪連絡」券です。 神戸駅から十三を経由する京阪電気鉄道(京阪電車)の京阪京都駅(現:大宮駅)までの他社連絡券となります。 当時、京阪電気鉄道は淡路〜十三間に十三線を運行しており、神戸線と接続していました。 券面には阪神急行電鉄と京阪電気鉄道の社章がそれぞれ入り、中央に橙色の横線が入っています。また、 右書きで「通用二日 金壹圓拾九錢」と、縦書きで「十三經由」の記載があります。本券にも偽造防止の「透かし」が入っていました。 昭和12年当時の企業物価指数が平成19年の約570倍ですので(出典:日本銀行)、 この券の価格は1.19円より、現在の価値で約680円となり、現在の三宮−大宮間の運賃600円と大体同等レベルです。 |
|
|
|
|
阪神電気鉄道(阪神電車)西宮東口駅(現廃止)で発行された「阪~−阪急連絡片道乘車券」で、 香櫨園・武庫川間から宝塚・宝塚南口ゆきの他社連絡券です。阪神電気鉄道と阪神急行電鉄の社章がそれぞれ入っています。 その他、右書きで「通用一日 下車前途無効」と、縦書きで「阪急」「阪~」の記載があります。 また、準常備券のように発駅毎に切り取って使われる切符になっています。 本券は阪神電気鉄道で発行されたにもかかわらず、「透かし」には阪神急行電鉄の社章が入っていることから、 切符自体は阪神急行電鉄側で供給され、阪神電気鉄道により発行されたものと考えられます。 当時愛称で呼ばれていた「阪急」の名称が切符にそのまま書かれているのが特徴で、 「阪神急行」の「阪神」という名が重複してしまうことから、敢えて「阪急」と略称で記載したものと思われます。 1931年(昭和6年)発行の阪神急行電鉄沿線御案内のパンフレットより、 「寶塚から阪神西之宮(西宮)まで」の連絡切符が33銭と記載されていて、本券の価格が30銭であることから、昭和6年以前に発行されたものと推測されます。 |
| 阪神急行電鉄 「はんきゅうでんしゃ地紋」 乗車券 |
|
|||||
|
昭和19年に岡町駅で発行された2区券です。2区券を示す二つの赤いラインが中央に水平方向に入っています。 右書きで「通用発賣當日限 途中下車前途無効」の記載があります。 地紋は、社章と右書きの「はんきゆうでんしや」の周期配列となっており、 当時阪神急行電鉄の略称であった「阪急電車(はんきゅうでんしゃ)」がそのまま地紋に採用されています。 本券は京阪電気鉄道と合併した昭和18年以降のもので、本来ならば「けいはんしんきゅうこう」の地紋なのですが、 戦時中であったこともあり旧地紋の在庫品でまかなっていた可能性があります。昭和14年の時点で大きな社章が描かれた地紋であったことから、 この「はんきゆうでんしや」の地紋は短命に終わったのでないかと推測されます。 |
|||||
![]()
|
|||||
|
昭和19年に梅田駅で発行された小児用1区券です。1区券を示す赤いラインが左から斜め方向に入っています。 「小兒」の字が大きく赤字で右書きで書かれています。 本券は京阪電気鉄道と合併した昭和18年以降のもので、本来ならば「けいはんしんきゅうこう」の地紋なのですが、 当時阪神急行電鉄の略称であった「阪急電車(はんきゅうでんしゃ)」がそのまま地紋に採用されています。 |
|||||